ひさしぶりだね

久しぶりに、兄の夢をみた。
途中でうっすら目がさめたけど、
まだ夢の中にいたくて、また目をとじた。

どんどん違う方向に夢が進んだ。
苦笑なのだ。





実際には11年しか一緒に過ごさなかった兄だけど、
16才の兄に1度だけ会った。
その時のイメージと写真だけが頼り。
そこから兄は動かない。

だから、夢の中に出てくる兄はいつも高校生のまま。
自分の息子よりもすでに年下になっているのに、
47才の私に17才の兄がいる(笑)

夢の中で、兄の身の回りに起こるいろんな出来事に世話をやいている。
こうしたら?ああしたら?これしてあげようか?と。
内容もすごく矛盾していて、理屈が通っていない。
私はもうすっかり大人なのに、高校生の兄に向かって「オニイチャン」と言っている。
なんなんだ(笑)

こうしてたまに、
数年に1度、夢の中で兄に会える。
生きてたんだ、よかった、、、、と思う。
よかったと思った分、目がさめてからの落胆が大きい。

今までの経験で、ムダな事など1つもなかった。
どれをとってもムダとは言えない。
嬉しい事はもちろん、大変な事、不幸な事でさえ、ムダとは思わない。
病気をした事で人の痛みを知ったし、弱い人の気持ちがわかるようになった。
自分の弱さも思い知った。
家族もいて、子どももいて、犬もいて、ピアノもあって、仕事もあって、
全部よかった。
イヤな経験も、理不尽な事も、自分の失敗も、全部意味がある。

だけど、それが大きな宇宙の中の計画であったとしても、
自分の経験した1つの出来事と、兄の死だけは経験したくなかった。

「1つの出来事」は子どもの頃にあったことで、そこから何か得るものがあるかと言えば、ないとも言えない。ゼロではない。でも絶対経験してはいけない事であるのは確かだ。
自分の子どもが同じ経験をするとしたら、私は命を張ってでも子どもを守らなければならない事だ。
だから、このことだけは私には不必要だと思いたい。

兄の死は私の人生に大きな変化をもたらした。
片腕がなくなったわたしの反対の腕がなくなった瞬間。
この事実は私には重過ぎたし悲しすぎた。
だから、大きな意味で言えば、人間としていろんな事を考えさせられたし、「得るもの」という意味では強烈に得るものはあった。
でも、そんなもんいらない。
こんな人生経験はしたくなかった。
人間は必ず死ぬんだけど、兄の存在した意味を考えると、考えても考えても、かわいそうで仕方がない。

私は寂しかった。
その反動で子どもをたくさん生んだのかもしれない。
キャリアウーマンになろうなんて考えた事もない。(なれるかー)
家族を作る事が私の大きな目的だった。
だとしたら、兄の存在と死には哀しさだけではなく、
やっぱり大きな意味があったのかな。
兄の存在が私に大きな力をくれたのなら、
兄が生まれてきたことに感謝するしか私には方法がない。
生きててほしかった。
話しがしたかった。会いたいと思う。

ああ、こういう私を上から見ながら、今笑ってるし。
ちょっとー
勝手にむこうに行きやがって(爆)
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by kabo518 | 2008-04-13 17:24 | ひとりごと