私の心の叫び

静かに慎み深く。
脈々と受け継がれてきた日本人の意識。
私はこの精神、美意識が好きだ。
自分が実際にどうであろうと(どう見えようと)心の中ではそう思っている。
ただ、意見を言うべき時にハッキリ言わないがために、
こういう日本になってしまった部分もあると思う。
人からどう思われるだろう、人と違う意見を言うと叩かれるのではないか、
あえて異を唱えるなら黙っていよう、誰かが言ってくれるまで待とう、
そういう意識は誰にでもある。
実際、自分の意見を言うのは勇気がいる。
でも、言わないでどうする。人任せにしてそのまま流されていいんだろうか。
意見と攻撃は違う。
そこははっきりしておこう。

今日Twitterで、鳥越俊太郎さんのFacebookに投稿された呼びかけを読んだ。
呼びかけなので、ここに全文を載せることにする。

全国のFBの友達の皆さん、そして友達のまた友達のみなさん!!もうすぐあの3月11日の一周年の日がやって来ます。この日に向けてテレビや新聞など大手のメディアは特番や大特集を組むはずです。私たち一般国民はそれを色んな思いで受け止めることになると思いますが、ここでちょっと立ち止まって私たち一般国民にも何か出来ることはないか?と考えてみませんか?私たちは幸いにしてFBと言う自分の意志を表現する武器を持っています。この武器を使ってあることを、つまり声を上げることが出来るんではないでしょうか?3月11日午後2時46分、あの震災が発生したその時に合わせて、私たちは一斉に音で私たちが震災の被災者のことを忘れていないことを告げるのです。それは例えば屋内にいる人は窓を開けて大きな声で「私たちは、僕たちは被災者のことを忘れていないぞー!」とか「東北の被災者の皆さーん、頑張れー」というようなそれぞれが考えた言葉を発するんです。言葉を言えない人は台所のフライパンや鍋を30秒間叩来続けて私たちの意思を示すのです。この私の言葉を見た人は自分のウオール上でシェアしたり、また自分の友達に同じことをするように伝えて下さい。あ、車に乗っている人は30秒間でもいいからクラクションを鳴らして意思表示をしてください。こうして私たちはFBの力で震災のことを忘れてはいないと言う気持ちを東北の人々に伝えることが出来ます。ここで大事なことはFBの友達はまた友達だと言う友達の連鎖だと思います。どうですか?全国のFBつながりの皆さん!一斉に声を上げてささやかですが、自分たちの気持ちを表そうではないですか?!

…  発起人 鳥越俊太郎  3月11日私たちも声を上げよう制作委員会


私は、これを読んで泣いた。

悲しくて。

怒りの気持ちではない。
ただ私の心が勝手に痛み、勝手に涙が流れてきた。

人と感覚の違いがあるのはあたりまえのことで、
その違いについていちいち「どうして?」と言う事はできない。
言う意味もあまりない。
違うのだからしょうがない。自分が正しいという事でもない。
正しいか間違っているかの問題ではないよね。

人を思いやって、悲しみを共に、という気持ちは同じなのだから。

ただ私は思う。
これを、亡き人のためにするのなら、音はいらない。
心静かに、亡き人を想い、亡き人の声を聞くために。
これを、残った人のためにするのなら、音はいらない。
言葉にできない悲しみを受け止めるために。

「東北の被災地のみなさ~ん、頑張れ~!」
フライパン、ガンガンガンガン・・・30秒のクラクション・・・

リアルに想像してほしい。
このノリで、どうやって3月11日2時46分を迎えられるだろう。

何故ですか。
鳥越さん、これが本当に伝わる方法でしょうか。
気持ちを表す事が自己満足で終わってはいないでしょうか。
一方通行で音を投げて、受け止める側の気持ちはどうでしょう。
自分のしたい事をするのが、人を支え応援することではないと、私は思います。
相手が何をしてほしいかを一所懸命考える事ではないですか。
これが私の意見です。

心は音を発しなくても叫ぶ。
愛していると口で言うだけが愛じゃない。
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by kabo518 | 2012-01-25 22:03 | ひとりごと