支援の仕方、住宅問題

とある仮設住宅にとあるNOP法人の支援が入った。
「おたのしみ袋」をいくつも持ってきた。
それを無作為に配った。

中身は、お米5合、サランラップ、ウエットティッシュなどの他に、
洋服、靴など。

でも、洋服は子ども用、大人用、男女がメチャクチャで、
お年寄り世帯に子ども服、またはその逆、というもの。
靴もサイズ関係なし。

「使えないものをもらっても・・・」と、
ほとんどの世帯で、そのおたのしみ袋を戻してきた。

いらないものをもらっても、捨てるに捨てられず、置いておくわけにもいかず。
「不用品処分されているように感じた」と。

これは何を目的とした支援だったのだろう。
NPOなら、支援のあり方など、すでに方法をもっているはずなのに。
なぜこういうやり方で物を無駄にするのだろう。

それぞれの世帯に必要なものを運ぶのが支援・・・って、
こんなの誰でもわかるあたりまえの事なんだけど。


直後は、水すら飲めず、ペットボトルの水をキャップ1杯ずつみんなで分け合って飲んだという。
みんな口をそろえてそう言う。
飲んだというより、口を濡らした程度の水。
おにぎりなんて数日後にはじめて食べた、と。

じゃあみんなおにぎりが必要だろうと、5ヶ月たった今おにぎりを渡すだろうか。
避難所などで支援を受けた人たちは、もうおにぎりは見たくない。
お弁当も、魚の缶詰も、菓子パンも、レトルトパックも。

自分が何をしたいのかではなく、
相手が何を必要としているか、だ。
災害あるなしに関わらず、どんな時にも押しつけはイヤだよね。
支援を、自己満足や自分探しの道具にしてもイケナイ。
自分の特技を生かす事も、場合によっては無意味になってしまう。
私がピアノの仕事をしているからといって、所かまわずピアノを弾いたり教えたりしたら、
それは迷惑以外の何物でもないし、とんでもない勘違いになってしまう。
「自分を生かしたい」と思う前に、相手がそれを望んでいるかを客観的に考えられなかったら、
多分一人相撲で終わるに違いない。
音楽を仕事にしていても、最初1ヶ月はピアノの音など聴きたくなかった。
音楽の力を、なんて言われても、逆に拒否反応の方が大きかった。
芸能人が総出で歌うテンションの高い応援ソングも、違和感ありまくりだった。

支援をする事で、自分を見出そうとしていないだろうか。
自分の価値をそこではかろうとしていないだろうか。
自問してみる必要はある。
自分の特技は、自分のフィールドでする。
自己満足は別の世界でやろう。

支援品を直接被災した人に渡したいという声もたまに聞く。
高いもの、大切にしてきたものなら、そう思うのが人情かもしれない。
でも、「直接渡したい=感謝されたい、お礼を言われたい」であることも考えたい。

困った時はお互い様
昔の人はいいことを言ったものだ。
してあげているのではない。あたりまえの事をしているだけ。
みんながそう思ったら、なんでも淡々とあっさりできるはず。
いつか、助けている人が助けられる場面になるし、
今助けてもらっている人は、いつか人を助けることになる。

「被災者を甘やかすから新品は出さない」
なんて言葉を伝え聞くと、頭の奥でプチッと音が鳴る。
何かがキレる。
人生の一大事に甘えられなかったらいつ甘えるの。
こんな経験、誰もが経験するものではなかったはず。
なのに、今まわりにはそういう人だらけ。
何万人も。

「そろそろ自立の方向で」
支援の現場で耳にする言葉。
つとめて冷静に見せながらも火がつきそうになる。
自立したいけどできないから苦しんでるんでしょ。
自立自立と口にするなら、もっと具体的に仕事や環境の支援をしないと。
誰にも迷惑をかけずに、自分たちだけで生活したいのが本当なんだから。
(そうじゃない人がいるのも本当だろうけど、それはそれ)

被害の状況、家族構成、考え方、感じ方は千差万別。
それを公平に支援しようとすることに無理があると思う。
行政も総動員で一所懸命働いてくれている。
経験したことのない作業ばかりで、統制も公平も言っていられない状況。
ある仮設ではストーブも掃除機もあり、違う地域の仮設では最低限の家電だけだったり。
ハウスメーカーの仮設に入れる家族もいれば、劣悪な仮設に入る人もあり。
言ってもどうしようもないことだらけ。



早々に避難所を出て息子さんの所に身を寄せてしまったために、
今まで1度も支援を受けられなかった老夫婦。
食糧も、衣類も、なにもかも、全く。
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「家も倉庫も真横に倒れてしまって。必死に山さ逃げて、家が波にやられるのを見てたの」
「ここで商売してたの。1月に家中の畳を全部新しくしたばかりだったのに」

仮設もなかなか当たらない。
息子さんの所にいるから、後回しにされているのかも。
でも仮設が当たらないと身動きがとれない。
家電を買うにも、仮設が当たったら重複してしまうし、どうしたものやらと途方に暮れている。
80歳を超えて、今までの全てがこんな形になって、「冬物がない」と不安になる気持ち。
冬物どころか夏物だって最低限しか持っていないのだから。

かと思えば、仙台の仮設は余っているとのこと。
仙台は賃貸住宅が多いので、仮設よりも暮らしやすい賃貸を「みなし仮設」として住んだ方がいいから。
私もその立場だったら、きっと仮設よりも賃貸に入りたいと思うはず。
そう思って賃貸に入ったはいいけれど、行政からの家賃が後回しになっていて、大家さんにお金が入るのが遅れているので、これじゃかなわないと大家さんが、被災者に「出ていってほしい」というケースもある。
行政の対応の遅れで、こういう場所でも被災者が苦しんでいる。
被災者が入居するより、一般の人が入居する方が、すんなり家賃が入るから。

それとは別に、3月以降、仙台の公営住宅は一般に募集を行っておらず、災害に関係のない生活に困窮している世帯が行き場所を失っているのも本当。
今仙台では、賃貸住宅が極端に減っているので、新たにアパートなどを借りたくても、以前のように思うような条件の物件を見つけるのが難しくなっている。
細部を見れば、いろんな所に災害の影響が出てきている。

知的障害を持つ息子さんがいるので、ここなら大丈夫だと思って購入した家。
普段は施設にいるけど、休みの間は自宅に戻っていた。
でも今はその広い自宅がない。
壁の薄い仮設で、大きな声を出してしまう息子さんをここに戻すことができないと、深刻に悩んでいる。
夏休み、冬休み、この先どうしたらいいのか。

「とりあえず住む所があってよかったですね」なんて言えない。
話しをきいてみると、言うに言えない事情がたくさん。
家に被害がないのに、放射能で自宅に戻れない人たちは、どんなに大変だろう。
特にお年寄りは、生まれ育った土地を離れられない。


だから、本当に必要な事だけをしたい。
これからいきますよ。暖房器具と冬物衣類。肌触りのいい暖かい毛布。
みなさん、助けてくださいね。



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by kabo518 | 2011-08-21 00:11 | 震災・支援